ドラゴンボール リンク集
世界中に散らばった7つ全てを集めると、どんな願いでも1つだけ叶えられるという球「ドラゴンボール」と、主人公「孫悟空」(そんごくう)を中心に展開する「夢」「友情」「バトル」などを描いた長編冒険漫画である。
『週刊少年ジャンプ』(集英社)にて1984年51 号から1995 年25号までの間、其之一から其之五百十九にわたり約10年半にわたって連載された。タイトルの正式表記は『DRAGON BALL』。略称は『DB』。各話数はそれぞれ「其之○○」という通し番号になっており、数字は漢数字で表される。このほかに番外編『TRUNKS THE STORY -たったひとりの戦士-』(トランクス・ザ・ストーリー -)も掲載された。単行本は集英社より、新書版で全42巻、2002年より2004年まで完全版全34巻が刊行された。
アニメ化も行われ、日本ではフジテレビ系列で放映されたほか、劇場版アニメや実写映画も製作された。また多数の関連グッズやゲームソフトなどが生み出されている。
物語初期の孫悟空の少年期の話では、ドラゴンボールを探す冒険の話と「天下一武道会」での闘いの話が交互に展開される。この頃は舞台となる世界はレッドリボン軍や殺し屋等により一部では危険な要素を含むものの、全体的には平和の様相を呈しており、ギャグ漫画本来のギャグ要素も多く取り入れられている。
だが、ピッコロ大魔王の登場以降、ギャグ色を排したバトル漫画の要素が色濃くなり、ドラゴンボールもより凶悪な敵に狙われるようになる。付随してストーリーも主要人物の相次ぐ死亡や、世界が危機に瀕するなど、シリアスなものとなっていく。
物語中期のサイヤ人戦以降は、物語スケールが地球規模から宇宙規模へと拡大し、やがて舞台は悟空たちの住む地球を出て「ナメック星」へと移る。その後の人造人間戦からは再び舞台が地球に戻るが、従来のメインであったドラゴンボール探しは簡略・省略化された。この人造人間編はタイムパラドックスを取り入れた物語となっており、未来のトランクスを主人公としたアナザーストーリーも登場する。
物語末期の魔人ブウ戦では、バトル中心路線が維持されつつ人造人間編にあった「吸収」に加え、「融合」や「物体変化」などの新しい戦闘要素が登場し、またギャグ要素が再び増加傾向に転じている。
終始、登場人物は敵・味方ともストーリーが進むにつれて強さを増していく。サイヤ人戦からは相手の強さを数値で表す「戦闘力」が頻繁に登場する。
連載開始前からアニメ化が内定、5週連続カラーという大々的な扱いで始まった本作であったが、初回こそは高い支持を得たものの、徐々に人気は下降し、アンケートでは最下位に近い順位になることもあった[8]。担当の鳥嶋に「主人公が地味だ。だから人気がないんだ」と指摘された鳥山は、以後「強さを追い求める主人公」というテーマを作品に持たせることになる[8]。その発想から天下一武道会が始まり、主人公孫悟空のキャラクターも確立され、人気も急激に上昇する。
鳥山自身は、マジュニアとの決着が着いた時点で物語を完結させる構想を抱いていた(連載終了後のインタビューでは、「ピッコロ大魔王編が描いていて一番楽しかった」とも語っている[8])。第23回天下一武道会編では、残されていた伏線の回収や、悟空の成長、成長したチチとの再会と結婚、天津飯との決着など、それまでの総決算と言うべき内容が繰り広げられている。
しかし、当時すでにアンケートで不動の1位であった本作の終了を編集部がそう簡単に認めるわけもなく、連載は続行されることになる。そしてフリーザ編が佳境に入る頃には、本作の人気および経済効果は、日本国内のみならず世界的な規模に拡大していた。それ単体で「一大産業」と呼ばれる[要出典]までになり、その人気と経済効果の大きさゆえに、鳥山や編集部の意向だけでは連載の有無をコントロールすることが不可能な状態になってしまうという、かつてない規模の漫画作品となっていた。本作の連載が終了すれば、ジャンプ本誌の発行部数に与える影響のみならず、発行元の集英社、メディアミックス展開で中核をなしてきたバンダイ・フジテレビジョン・東映動画、その他この作品に関連した各種ビジネスを行っている各企業の業績や株価に対して多大な影響を及ぼすことが懸念された。そのため、とにかく連載を続けなければならない、終わらせる訳にはいかないという状況が否応なく形成されるに至った。
本作の終了については、鳥山の強い要望によるものであったとはいえ、最終的には関係各社のトップ級会議などの調整や各社の上層部による経営判断すらをも必要とし、関連企業の株価・業績への影響を最小限に抑えるべく様々な配慮を行いその上でようやく連載を完結終了させるという、日本漫画史上でもある意味で前代未聞の事態となった[9](ブウ編開始前、鳥山はブウ編が終わったら連載を終了する約束を集英社と取り付けていたが、当時の編集長であった堀江信彦はその事実を途中まで知らされていなかった。理由は不明[10])。
こうした背景もあって、本作は約10年半に及ぶ長期連載となった。連載終了は事前には告知されず、最終回は次週以降も続くかのような内容であった。この最終回での展開はアニメ作品『ドラゴンボールZ』でも同様に描かれ、後番組の『ドラゴンボールGT』に生かされた。
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